1975年、長崎県生まれ。2000年3月に長崎大学医学部を卒業し、同年4月に長崎大学病院第二内科に入局。消化器内科医としてキャリアをスタート。大村市立病院勤務を経て2004年4月に長崎大学大学院の医歯薬総合研究科へ進学。第二内科や消化器内科に勤めながら、感染分子病態学の修士・博士課程で学び、2010年3月に博士課程を修了し、医学博士を取得した。以降、長崎大学病院消化器内科 助教、長崎大学原爆後障害医療研究所 助教、長崎大学病院医療情報部 助教、長崎大学医歯薬総合研究科 講師を務め、2019年4月から現職の長崎大学原爆後障害医療研究所 腫瘍・診断病理学研究分野(原研病理)准教授に就任している。
赤澤さんは消化器疾患と細胞死(アポトーシス)をテーマに研究を続けている。消化管疾患における細胞死と細胞死に至るまでのシグナル伝達は、さまざまな疾患の原因となる重要な因子で、発がんにも関与している。アポトーシスの起こり方を理解することは治療や診断を発展させるうえで重要で、これまで、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)における肝細胞アポトーシス、胃がんの原因となるピロリ菌による胃粘膜上皮のアポトーシス機序を解明してきた。今後は、放射線障害がNASHを含む生活習慣病に与える影響などにも研究を発展させたいと考えている。
2008年4月、原爆医療研究プロジェクトの一つとして長崎被爆者腫瘍組織の新鮮凍結試料収集が始まった。長崎大学病院と日赤長崎原爆病院で腫瘍切除術を受ける被爆者手帳保持者が対象で、組織提供と遺伝子解析計画に同意した患者から摘出された腫瘍とその周辺の正常部組織が採取凍結保存され、患者から聴取した被爆状況・家族歴・治療歴の情報と共に匿名でデータベース化される。原爆投下から70年以上経過した今も被爆者の発がんは増加している。最近、若年近距離被爆者に多重がんの罹患率が高いことが分かったが、原爆による放射線被ばく関連腫瘍の発生については、分子生物学的機序や遺伝子的な特異性は解明されていない。福島の原発事故後、福島県民健康管理調査プログラムでは広島と長崎の被爆者健康影響調査から得られた情報が使われている。赤澤さんは2015年に長崎原爆被爆者の組織バンク設立に関する論文を発表し、貴重な凍結試料をバンキングして研究利用することの必要性を紹介した。「長崎被爆者腫瘍組織バンク」には、新鮮凍結組織から抽出した高品質のDNAとRNAが保存されている。当財団の支援金で、それらの検体を用いて被爆により発生したがんに特異な遺伝子変異シグネチャーを特定する初の試みを開始し、放射性発がんの遺伝子学的メカニズムの解明に挑戦する。
赤澤さんは、日本消化器学会・内視鏡学会・肝臓病学会が認める専門医として、長崎大学病院消化器内科で週1日外来診療を担当する他、消化管疾患肝疾患専門の教官として医員や修練医の指導にもあたっている。また、ライスワークバランスの全学推進員として、学内女性教官の子育てや私生活と仕事のバランス改善のための活動にも携わっている。