田邊(たなべ) 優貴子(ゆきこ) (39)

 1978年、青森県青森市生まれ。青森県立青森高等学校を卒業後、京都工芸繊維大学工芸学部、京都大学大学院エネルギー科学研究科へと進学。
 小学生の頃にテレビで見て衝撃を受けたアラスカの映像を思い出し、どうしても自身の目で確かめたくて、大学4年の時に大学を1年間休学し、アルバイトで資金を貯め、真冬のアラスカに4カ月間滞在した。1日中太陽が昇らない冬の北極は、真っ暗ではない。日中は夕暮れの風景が続き、夜にはオーロラが出現する。そこには、想像を超えた世界が広がっていた。その後もアラスカを訪れ、極北の圧倒的な自然、そこに生きる動植物たちに魅せられた田邊さんは、大学院生の時に研究分野を変える決心をして、総合研究大学大学院・極域科学専攻で博士学位を取得した。2009年、30歳の時、国立極地研究所の特任研究員になり、極地をフィールドとする水圏生態学者として一歩を踏み出した。その後、東京大学・日本学術振興会特別研究員、カナダのラバル大学外来研究員、早稲田大学助教を経て現在、国立極地研究所生物圏研究グループの助教を務めている。
 田邊さんは、南極の湖の生態系をメインに、研究を続けている。約2万年前に最後の氷河期が終わり、南極大陸を覆っていた氷は地面を削りながら後退。氷河が削ったくぼみに溶けた水が入ってできた湖は無生物環境でスタートし、徐々に外部から生物が侵入して湖ごとに固有の生態系に遷移・多様化していった。南極や北極は人為的活動の影響が地球上で最も少ない地域といわれている。無生物環境からスタートし、人為的影響を受けにくい南極の湖沼生態系は、人間の影響を受けやすい温帯や熱帯の湖沼に比べ、環境変動の有効な監視機能、統合機能、調査機能の役割を果たすことができる。北極圏ではここ数十年の温度上昇により海氷密度が減少し、南半球では大陸性南極に目立った変化はないが、海洋性南極で物理環境が変化している。そのような中、環境変動が極域の生態系に与える影響とその動態を正しく評価し、対策を講じる必要がある。南極には、氷河から露出して間もない若い湖もあれば、誕生以来氷によって外界から完全に隔離され原始地球の生態系と似た環境を保持している湖も存在する。田邊さんは、まるで小宇宙のような個々の湖を無生物状態から今に至る“生態系の進化の実験場”と捉えており、当財団の支援金でフィールド調査や試料分析などを行い、地球環境の変化と生態系の進化について研究する予定である。
 冬には2メートル以上も雪が積もる八甲田山のふもとの村で生まれ、活発な幼少期を過ごし、見知らぬ世界への憧れから学生時代はバックパッカーとして30か国を旅した。強い探究心を持つ田邊さんは、極地という過酷な環境の中での研究活動が全く苦にならない。現在は日本が冬の時には南極で、夏には北極で極地調査する生活を続けている。日本南極地域観測隊では越冬隊にも参加、海外の調査隊を含めると7回も南極観測を行うなど、精力的に極地で野外研究を行う女性フィールドサイエンティストとして、国内外から注目されている。