井上(いのうえ) 克枝(かつえ) (48)

 1968年、東京都豊島区生まれ。高校卒業後、研究者の道を志し医学部へ進学。勉強に励む中、弓道部でも活躍した。1995年3月、山梨医科大学(2002年に山梨大学と統合)医学部を卒業し、医師免許を取得した。東京厚生年金病院の内科で研修医を務めた後、1997年4月に山梨医科大学へ戻り、附属病院検査部の助手として働きながら血液に関する研究を開始。2001年3月、山梨医科大学大学院博士課程を修了し、医学博士号を取得した。その後、英国オックスフォード大学での研究活動を経て2003年4月、山梨大学大学院の臨床検査医学講座へ復職した。以降、同講座の助教、講師、准教授として血液内科学を専門にした研究を継続し、2016年1月から3代目の教授を務めている。
 井上さんは、血液中の細胞である血小板の研究を続けている。血小板は、かさぶたを作ることで知られているが、一方で、動脈硬化の進んだ血管の中で不適切に活性化されると心筋梗塞や脳梗塞といった命にかかわる病気を引き起こす。井上さんは、血小板を活性化する蛇毒ロドサイチンの研究を通じて、ロドサイチンと結合して血小板を活性化させる血小板の細胞膜上にあるたんぱく質(CLEC-2)の同定に成功。生体内では血小板はポドプラニンと呼ばれる膜たんぱくと結合することも突き止めた。2006年、米国学術雑誌『Blood』に掲載された論文は関心を呼び、250回も引用された。CLEC-2の機能を抑制する薬剤は、出血の副作用が少ないという利点を有する、心筋梗塞や脳梗塞の予防薬、がん転移予防薬になる可能性がある。新薬開発のための研究は内閣府主導の最先端次世代研究開発支援プログラムに採択され、大型助成が実現している。
 現在、関節リュウマチなど自己免疫性疾患の治療に抗CLEC-2薬が生かせないかと考えている。免疫細胞は体内に侵入したウイルスや細菌を攻撃し排除するが、時として自己の成分を誤って攻撃する。関節リュウマチの患者は日本に約70万人存在し、20~40代女性に発症のピークが見られる。近年、生化学的製剤が開発されたが免疫が弱まるため、結核感染や悪性腫瘍が生じやすいという副作用が問題となっている。井上さんは、関節内の滑膜細胞にポドプラニンが発現していることに着目し、当財団の支援金で、自己免疫性疾患に血小板のCLEC-2が関与するか、関与するなら抗CLEC-2薬が治療薬となりうるか、その効果はいかほどかを研究したいと考えている。
 井上さんは2児の母親でもある。10歳と6歳になった子どもの育児と一家四人の家事は、同僚医師でもある夫が半分担っており、家庭に良き理解者がいる。また臨床検査医学講座には山梨大学男女共同参画推進室のキャリアアシスタント制度を利用し、研究サポート要員として同大学の4年生が赴任している。女性研究者の中では恵まれた環境にあるといえるが、一般的な男性研究者と比較すると研究時間が不安定であることが悩みだ。開学以来初の臨床系女性教授となった井上さんは、後進の女性研究者のロールモデルとしても注目されている。